Editorial

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Antoine sur la plage

論説

真実はどこに?

正義はどこに?

1.もう六年以上前から、「何の関係もない」との主張を繰り返すアントワンヌ・コニュに

対し、いかなる物的証拠も示されていないのではないのか?

2.遺体が発見された場所を統括する警察の主任は、遺体回収後、全ての現場検証が終わ

っていないにもかかわらず実質的な現場保存をしなかったのではないのか?

3.刑事捜査の不備が、十二時間もの誤差のせいで被害者の死亡状況や死亡時刻を断定す

ることを不可能にしたにもかかわらず、この小さな島で時計を持たずに生活している農夫

とカナック芸術家の一時間の「記憶の欠落」が、悲劇の数年後、有罪の決定的な証拠とな

ったのではないのか?

4.アントワンヌ・コニュのDNAは遺体や衣類からは発見されず、同様にKUSAMA Mika

さんのDNAもアントワンヌの身体や衣類から発見されなかったのではないか?

5.いわゆる「決定的な証拠」は、悲劇の数年後、押収品とはされていなかった物によっ

て明るみになったのではないのか?

6.法の下での平等という不触知の原則を無視して、裁判での証人は様々な思惑の対象で

はなかったか?

これら六つの疑問だけでなく、さらに十数個の疑問が解決されぬままとなっている。

信頼と哀れみから来るもの

この2008年5月2日に撮られた写真を見てほしい。2002年5月、KUSAMA Mikaさんの遺体が発見されたカヌメラ岩の上で、彼女のために黙祷を捧げているコニュ一家が写っている。

この写真について語るアボ・コニュ(木の下、右)の、胸を刺すような言葉がある。

「2007年12月8日土曜日、訴訟開始から一週間後、しきたりの儀式が行われた。Mikaさんの母親は、その場所で彼女らの風習に従い娘を追悼できたことに対し、我々に感謝の意を述べた。そして彼女は、娘の死を追悼し続けることを我々家族に頼んだ。なぜなら、彼らはなかなか日本からここに来ることができないからだ。私は彼らに約束した。子供たちと共に追悼し続けることを。なぜなら、子供たちは大きくなった時、この彼女の願いを誇りに思うからだ。」2008年5月2日、その言葉はまさに誇らしいものであった。

慎み深く威厳のある行動は、心の理解を生む。

この美しい教訓は、これら2家族によって為された。